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大阪地方裁判所 昭和53年(行ウ)15号 判決

原告 治久丸正明

右訴訟代理人弁護士 中田明男

同 井上善雄

右訴訟復代理人弁護士 山川元庸

被告 大阪府警察本部長 半田博

被告 大阪府

右代表者知事 岸昌

右両名訴訟代理人弁護士 道工隆三

同 井上隆晴

同 柳谷晏秀

同 中本勝

右両名指定代理人 岡本冨美男

〈ほか四名〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告は「一、被告大阪府警察本部長が原告に対し昭和五三年二月二三日付でなした通告はこれを取消す。二、被告大阪府は原告に対し五〇万円およびこれに対する昭和五三年三月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに二項につき仮執行の宣言を求め、本案前の申立として被告大阪府警察本部長は「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、本案につき被告らは主文と同旨の判決を求めた。

第二原告の請求の原因

1  被告大阪府警察本部長は、昭和五三年二月二三日付で原告に対し、道路交通法一二七条一項、一二九条二項に基づき、原告が昭和五三年一月一八日午後二時四五分頃大阪市天王寺区味原町六の一において自家用貨物自動車(大阪四五五九一―七〇。以下、本件自動車という。)を道路の左側端に沿って駐車せず、歩道上に駐車した(道路交通法四七条二項該当)として、反則金五、〇〇〇円の納付を公示通告した。

2  しかしながら、右違法駐車をした者は、小見山勇であって、原告ではない。原告は、当時普通乗用車(コロナマークⅡ)を運転していたものである。

3  よって、本件通告は違法であるから取消されるべきである。

1  原告は、昭和五三年一月一八日午後四時頃、前記一、1記載の違法駐車をしたとの被疑事実で大阪府警察所属の警察官に現行犯逮捕され、その反則金五、〇〇〇円の仮納付直後の翌一九日午前一一時三五分頃に釈放された。

2  前叙のとおり右違法駐車をした者は小見山勇であったのであるが、大阪府警察所属の警察官である森本および森山らは、誰が違法駐車したかの点につき確認もせず、頭から原告が反則者であるときめつけて現行犯逮捕に及んだもので、右現行犯逮捕自体、原告が反則行為を犯したと疑うに足りる相当な理由があったということができない違法なものである。しかも、森本警察官は、原告から運転免許証の提示を受け、原告の氏名、住所、勤務先等を記録していたのであるから、原告が逃亡する虞はなく、また駐車違反の事実は同警察官において現認していたのであるから、罪証隠滅の虞もなかったものである。

したがって、本件現行犯逮捕はその理由も必要性もない違法な逮捕であった。

3  そのうえ、小見山勇が昭和五三年一月一八日午後五時頃天王寺警察署へ出頭し、警察官に対し「自分が違法駐車をした」旨供述したのであるから、この時点で事実の確認をすれば、原告の逮捕が誤認逮捕であったことが容易に判明したはずである。しかるに、これを怠り違法な逮捕を継続した。

4  原告は、本件現行犯逮捕により、人身の自由を故なく奪われ多大の精神的苦痛を受けたにとどまらず、原告と工事請負契約の注文主との間の信頼関係も破壊される危険が生じ、その回復にも多大な精神的苦痛を受けた。

原告の受けた精神的苦痛を慰藉する金額として五〇万円が相当である。

5  よって、被告大阪府に対し右金員およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年三月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告大阪府警察本部長の本案前の主張

被告大阪府警察本部長の行なった本件通告は、反則金の納付を通知する行政上の措置であり、反則者に対しなんら反則金の納付を義務づけるものではなく、反則者がこれを任意に納付すればその件につき公訴の提起がなされないとの効果を生ずるに過ぎないから、行政事件訴訟法の取消訴訟の対象となるいわゆる行政処分にはあたらない。

したがって、原告の被告大阪府警察本部長に対する訴は不適法であり、却下されるべきである。

第四被告らの本案に対する答弁

一  請求の原因一、1記載の事実は認める。

同一、2記載の事実は否認する。

二  同二、1記載のうち、逮捕時刻を除くその余の事実は認める。逮捕時刻は午後二時五五分頃である。

同二、2および3記載の事実は否認する。

同二、4記載の事実は争う。

第五証拠関係《省略》

理由

一  被告大阪府警察本部長本案前の主張について

同被告は、「本件通告は、原告に反則金納付を義務づけたものではないから、行政事件訴訟法の取消訴訟の対象となるいわゆる行政処分にはあたらない。したがって、原告の同被告に対する訴は不適法であり、却下されるべきである。」と主張するので、この点につき判断する。

本件通告は、道路交通法一二七条一項、一二九条二項によりなされたもので、反則者に対し通告にかかる反則金の納付を一方的に義務づける処分(ただし、その納付を強制する手段は認められておらず、反則者に対し自然債務類似の義務を負わせ、反面国家に反則金を受納しうる地位が認められる。)であるところ、刑事手続で争う余地のない本件においては行政事件訴訟法三条二項にいういわゆる行政処分に該当するというべきである。

したがって、同被告の本案前の主張はこれを容れることはできない。

二  請求の原因一、1記載の事実、同二、1記載のうち、逮捕時刻を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

三  そこで、本件現行犯逮捕ならびにその前後の状況についてみると、《証拠省略》によれば、

(1)  天王寺警察署の警察官森本博は、舟橋町警ら連絡所において警ら活動中の昭和五三年一月一八日午後二時一〇分頃、大阪市天王寺区味原町六の一にある飲食店「栄鮓」前の東側歩道上に荷物を積んだ本件自動車が違法駐車されているのを現認し、午後二時二五分頃再度同所を通りかかったときも本件自動車が同様の違法駐車の状態にあり、その直前には「栄鮓」の改装工事のため来ていたペンキ屋がライトバンを停車させ、かんの積み降ろしをしていたので、ペンキ屋に対し「荷物の積み降ろしが済んだらライトバンを動かすように。また本件自動車の運転手にも本件自動車を他の場所へ移動させるよう伝えてもらいたい。」旨警告し、ペンキ屋は、その旨を「栄鮓」の改装工事に来ていた株式会社治久丸建設興業(本件自動車の実質上の所有者。以下、単に会社という。)の者に伝えた。

(2)  森本は、午後二時四五分頃三度右現場に来たところ、本件自動車が依然として前同様の違法駐車の状態にあったので、本件自動車にステッカー(呼出状)を貼った。

(3)  原告は、会社の専務取締役であり、「栄鮓」の改装工事のため部下四名と共に本件自動車を含め三台の自動車で来ていたが、警察官が本件自動車にステッカーを貼っていることを知らされ、「栄鮓」の表へ出て来て、森本に対し「すぐのけますわ。」と言い、求めに応じて免許証を提示し、その質問に「わたしが停めましたんや」と答えていたが、森本が交通反則告知書を作成し始め、原告の住所氏名の確認をしようとするや、森本が本件違法駐車を見逃してくれないことを知り、「先程一度注意されてるんやから仕方がないんやけどな。」と口に出しながらも、右確認に応じないで、「勝手にしなはれ。」「交通切符にサインもせん。」「強制捜査するならやってみろ。」と言い出した。

(4)  そこで、森本は、午後二時五五分頃原告に対し現行犯逮捕する旨告げ、前記連絡所まで同行するよう求めたところ、原告が「わしゃ忙しいんやから行かん。あとになったら行ったる。」と言ってこれを拒否するので、天王寺警察署へ無線で応援を要請した。

(5)  その間、原告は、部下である大工の小見山勇に命じて現場にある本件自動車等の写真を撮らせ、本件自動車を現場より二〇メートル余り西方へ移動させた。

(6)  森山秀範巡査部長は、森本の要請で約一〇分後に現場に到着し、原告に対し「お宅停めたの。」と尋ねたところ、原告は、「そうでんが。私が停めました。」と認めながら、他方で「ほかにも違法駐車の車があるじゃないか。」喰ってかかった。

(7)  そこで、森山は、原告に指示して、既に現場より二〇メートル余り西方に移動されていた本件自動車を附近の元町モータープールへ移動させるとともに、部下の警察官に対し他の違法駐車の自動車の取締を指示したところ、小見山が出て来て、自分の右ポケットからキーを出し、現場より二〇メートル余り西方に停めてあった普通乗用車(コロナマークⅡ)を運転して元町モータープールへ移動させた。

その際、小見山は、森山の質問に対し「右自動車(コロナマークⅡ)は自分の車である。」と述べた。

(8)  森山は、原告に対し「取調べに応じるよう」求めたが原告は「令状もって来んかったら調べなんかに応じまへんで。」とこれを断っていた。森山は、原告とのやりとりの傍ら、現場にいた会社の職人二、三人に対して「(君らは)本件自動車を違法駐車したか。」と尋ねてみたが、皆「違います。」と答えた。

(9)  小見山は、原告が天王寺警察署へ連行されるまでの約一時間現場附近におり、原告と警察官とのやりとりを見ておりながら、警察官に対し「自分が本件自動車を違法駐車した。」旨の申述をしたことはない。

(10)  小見山は、原告が連行された後も「栄鮓」の改装工事に従事していたが、森本に本件自動車を任意提出するよう求められ、本件自動車を運転して天王寺警察署へ行った際警察官から取調を受け、本件自動車を違法駐車した者は原告ではなくて、自分である旨告げた。

(11)  原告は、天王寺警察署へ連行されてからは、「本件自動車を違法駐車した者は自分ではない。」と否認していたが、翌一九日午前中に反則金を仮納付し、午前一一時三〇分頃釈放された。

(12)  原告は、これまでにも何回か交通違反を犯したことがあり、その際否認することが多かった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

四  右認定の(1)ないし(9)の事実、殊に、原告が当初警察官らに対し本件自動車を違法に駐車させていたことを認めていたこと、警察官が現場で事情聴取したときには、原告の外に会社の従業員で本件自動車を違法駐車させた者は見当らず、就中小見山は、警察官に対し普通乗用車(コロナマークⅡ)が自己の自動車である旨述べ、原告と警察官との約一時間にわたる現場でのやりとりの間も、本件自動車を違法駐車させた者は自分である旨の申述をしていないことに徴すれば、本件自動車を違法に駐車させた者は原告であったとみるのが相当であり、また右認定の事案の推移をみれば、原告を現行犯逮捕するについては、その理由も必要性もあったと認められるから、本件現行犯逮捕は適法なものであったというべきである。

原告は、本件自動車を違法に駐車させた者は原告ではなくて、小見山勇であり、原告が乗っていた自動車は普通乗用車(コロナマークⅡ。前認定のもの。)である旨主張し、これに副うものとして、前認定の(10)、(11)の事実ならびに証人小見山勇の「違法駐車の処理を原告に任せておいた。多勢の警察官が来て、原告を逮捕すると言い出したので、こわくて本当の事が言えなかった。」旨の証言等があるが、前認定の(3)ないし(9)、(12)の事実ならびに原告が逮捕され連行されて行ったにもかかわらず、小見山が原告のため積極的に天王寺警察署へ出頭したわけではないこと((10)の事実の一部)に照らし、到底採用することはできないから、右主張を容れることはできない。

五、そうすると、本件自動車を違法に駐車させた者は原告でないこと及び本件現行犯逮捕が違法であることをそれぞれ前提とする原告の被告らに対する各請求は、その余の事実について判断するまでもなく失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荻田健治郎 裁判官 井深泰夫 市川正已)

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